来 歴


玉川学園屋敷

最盛期には、家政婦さんと家政夫さんがおり、クラシックが大好きで、その中でも慶子はモーツァルトが特に好きで、書棚には貴重な蔵書が
溢れており、プリメインはluxman、カートリッジはortphon。(スピーカー、ターンテーブルは現在調査中)オーディオだけでも数百万円の高級品
を所有しておりました。愛犬は血統書付天然記念物の紀州犬、車はインポート、来客といえば、安岡章太郎、阿部公房を始めとする当時の文壇の
寵児たち。軽井沢には別荘。今風に言えばセレブですね。
遠藤周作の家が近くにあり、順子夫人が寄稿した、「周作クラブ会報」の谷田昌平追悼文によると、結核を患っていた周作に、当時まだ緑豊かな
玉川学園に引っ越すのをすすめたのは谷田昌平であり、昌平が毎新潮社に出社する際、毎日のように立ち寄っては、小説の進捗状況を
聞いていたそうで、そうして出来上がった「沈黙」は、氏の代表作となりました。ちなみに「沈黙」の題名は谷田昌平が名付け親であったそうです。